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四国林道ジムニーの旅~後編

2017.05.08
APIO(アピオ)

四国林道ジムニーの旅~後編

 

 

全ては下調べから始まる

半月前、僕らはスカイプ会議を行った。ルートと宿を決めるためだ。皆が自宅に居ながら参加できるからだが、電話やメールの伝言ゲームよりずっと楽。気になるホームページも共有できる。「この温泉どう?」「料理はこっちでしょ」。いい大人が、まるで修学旅行前夜のようだ。

僕は林道を担当。資料は昭文社のバイク用「ツーリングマップル」を使う。林道の広さや荒れ具合、ワインディングの気持ちよさ、眺望、桜や紅葉のポイントから温泉、グルメ情報まで載っている。これにウェブの林道情報を併用して目星をつけるのだ。最後は地元の役場に確認の電話。「林道情報を聞きたいので観光課をお願いします」と伝えれば何らかの部署が対応してくれる。マップルの巻末に連絡先の一覧がある。

僕らが目指すのはオンよりオフ。ジムニーが活きるプリミティブなダート道だ。それだけに大雨や台風による壁面などの崩落後、復旧が遅れることも多い。季節により入れない道もある。だから事前に確認するのだ。それでもハズレた時のために別ルートも用意したい。ちなみに当初は全長87・の剣山林道への再訪も考えたがこの時は’11年秋の崩落で半分も走れない。そんなこともあって僕らは高知の大森川渓谷に白羽の矢を立てた。ここらは林道の宝庫なのだ。

 

早起きは三文の徳

 

初日、海岸沿いのビジネスホテルに泊まった我々は翌朝5時に出発した。食事は6時からだったが待てば失うものが大きい。それは自然界のドラマチックな営み…朝の光を見ることだ。

お握りを頬張りながらワインディングを飛ばし1本目の林道に入った頃、森が目覚め始めた。シダの朝露が光り、ホトトギスが謳う。柔らかな斜光が林間に漏れ始め、立体感のある風景を創り出す。僕らはしばしクルマを停め、マイナスイオンを満喫した。カメラマン氏は植物の撮影に夢中。リコーのGRとライカを使い分ける河野さんも一瞬の絵を切り取ってはニヤリ。見せ合って自慢合戦。「おお~」とか「ほお~」と言う声が何やら微笑ましい。

朝夕の林道は匂いも空気感もまるで違う。早起きは三文以上のトクなのだ。

河野さんのカメラ好きは有名だが、山岡カメラマンの”植物イメージカット好き”も相当なもの。ふたりとも常にいい被写体、いいアングルを探してる。下は山岡作品集の一部。朝ぼらけの林道の情景を見事に切り取っている。

河野さんのカメラ好きは有名だが、山岡カメラマンの”植物イメージカット好き”も相当なもの。ふたりとも常にいい被写体、いいアングルを探してる。下は山岡作品集の一部。朝ぼらけの林道の情景を見事に切り取っている。

 

林道のセオリーを守ろう

それにしてもジムニーはよく走る。軽い体に頑丈な骨組み。ストロークに優れたサスに大きなタイヤ。そして信頼の直結四駆。いざという時にはローレンジを使ったトルクフルな走りも可能だ。こんなに小さな体に、ここまで優れたオフロード性能が与えられた本格乗用四駆は、世界広しといえどジムニーしかないだろう。林道でも大抵の段差は軽々と超えてしまう。それに轍と合っていて乗り心地がいい。これは生活道路であるニッポンの林道が軽四輪を主役としていることに因っている。大きなクルマでは反って大きめの石を拾うのだ。

そしてサーキットにセオリーがあるように林道にも定石がある。まずヘッドライトの点灯。存在アピールが大切だ。スローインファーストアウトは有視界で。ダートである以上、コーナリング中のブレーキはNG。すれ違い時は登りが優先。登るクルマを再発進させればスタックの可能性が高いから。段差や尖った石はなるべく避け、タイヤの横っ腹に無理はさせない…等々。狭い林道でもラインが選べるジムニーではこれが可能。オフロードで味わう人車一体の走りは堪えられないものだ。

どんな狭い林道でも大抵は何度か切り返せばUターンできてしまう。これもジムニーならではの走りだ。大型四駆では林道の行き止まりからUターン場所を求めてバックで延々走り続ける、なんてこともままあるのだ。

 

それから「助手席の気持ち」を大切にしよう。林道にはガードレールのない断崖絶壁も沢山ある。そんな時、助手席が谷側だと実は相当に怖いのだ。「二度と乗りたくない」などと言われないためにゆっくり走ろう。運転手も周りの景色を楽しめるくらいがちょうどいいのだ。

 

ジムニーといえど複数台で走ろう!

ジムニーは普段、二輪駆動で走っているのをご存じだろうか。必要に応じて四駆にスイッチするのだが、そこにはハイ/ローふたつのレンジがある。これは10段変速の自転車と同じだ。普段使っている1~5速のギア比をまるごと低くしてしまう。するとスピードは遅くなるがトルクが出る。悪路に強くなるワケだ。ジムニーが小排気量でありながらオフに強いのはこのギアのおかげ。アップダウンの激しい林道でもローレンジの四駆はエンストしらず。エンブレも利き、とても扱い易いのだ。

そんなジムニーでもスタックはする。実際この日、前後のタイヤを脱輪させたクルマを見た。幸い慣性力で引っこ抜く緊急脱出用のクッションロープを持参していたので事なきを得たが、携帯も通じぬ山中でスタックしたらやっかいなことになる。

備えあれば憂い無し

この日、実は大森川周辺で遊び過ぎた。昼食の時間はとうに越え、お腹はペコペコ。そんな時、山岡カメラマンから天の声。「カロリーメイトいる?」「ホントに!?」「1本2万円だけどね」「…」。これは冗談だが、山中に入る時は必ず携行食と飲み物を用意したい。

もうひとつ困るといえばトイレ。僕らはともかく読者に女の子がいたらこれだけは覚えておいて欲しい。林道にトイレはまず無い! そして長い林道はなかなか出てこられない! なのでトイレットペーパーは必須。アウトドアの世界ではよくあることなので、心の備えはしておいて欲しい。

そんな話をしながら随分人里離れた山を走っていた時、遠くから下って来る釣り人に会った。魚籠の中には40・はあろうかという巨大なイワナ。聞けば、ずっと追いかけ続けていた「ぬし」をようやくこの日釣ったのだという。しかもこんな山奥に独りっきりで。我々は、そのストイックな挑戦に感心しきりだったが、そのイワナの大きさに改めて四国とその自然の奥行きを知った。まだまだ開拓されていない道や楽しさは沢山あるはずだ。

その後僕らは安居渓谷を南下、土井沈下橋に久喜沈下橋と四国を彩る石橋を巡り中津渓谷に宿を取った。中津温泉 湯の森。温泉は硫黄の香りがほのかに匂うアルカリ性単純硫黄泉。ややトロっとした泉質で慢性皮膚病や糖尿病、高血圧症、神経痛、関節痛、冷え性などに効くという。やっぱり林道旅には温泉が一番!! である。

夕食は和食前を選択。地産の食材を取りそろえた色鮮やかなメニューが印象的だった。

特に露天は木造の風呂が心地よく長旅の疲れを十分に癒やすことができた。

中津渓谷 湯ノ森
高知県吾川郡仁淀川町名野川258-1
TEL.0889-36-0680
http://www.yunomori.jp/
仁淀川の支流、中津川の岩盤上にそびえる温泉宿泊施設。宿からは徒歩で楽しめる散策コースも。巨岩織りなす雄大な渓谷美を堪能することができる。20分ほど歩いた先にある雨龍の滝は四国のみずべ八十八カ所にも選定されている。

 

龍馬脱藩の道を走る

翌日は雨。そして四国カルストは生憎の霧。10m前を走るクルマすら見えなかった。これは四国が「また来い」と言っているのだろう。この日、ラリーモンゴリアの主催者として知られる山田 徹さんが合流した。四国の林道を舞台にしたイベントも多く、林道には滅法詳しい。その山田さんがとっておきの林道を用意してくれた。龍馬脱藩の道だ。譲原から韮崎を経て大洲へ向かう脱藩道のうち、我々が林道として辿ったのは松ヶ峠の関所跡付近。そこから先が凄まじい難所だった。

「ここ3年は誰も走っていないね」前走する山田さんからの無線だ。草が生い茂り、正しいラインを見つけるのが難しい。フロントガラスには木の葉がバッサバサ当たり薮っこきも激しい。雨も本格化してきた。

龍馬の脱藩は今からちょうど150年前のことだ。26歳の若者が大志を抱き歩んだ道を…と描写したいところだが、あまりの荒れ方にただただ圧倒され続けた。そして現れたのが50m程続く岩とガレ場の下り坂。一度下れば登るのは不可能な激しさだ。ただし、その先は普通の林道。1台ずつ誘導しながら降りることになった。「そこ右!」「違う違う、もう少し先行ってからフルステア」。緊迫した声がこだまする。

恐らくノーマルのジムニーでは無傷で下れなかっただろう。ところがアピオのジムニーはやや大きめのタイヤを履き、サスも適度にリフトアップしている。腹下はおろかサイドシルすら擦らなかった。対地障害角に優れた前後バンパーも本当に役に立った。僕は脂汗に冷や汗と、いろんな汗をかいていたが、このジムニーを新車カスタムカーとして世に提案している河野さんは「我が意を得たり」とばかりに笑っていた。そしてこれが物語のクライマックスとなった。

 

龍馬脱藩の道を走る

やっぱりジムニーは凄い。まさか龍馬脱藩の道をクルマで走れるとは思わなかった。お門違いなことは重々承知の上で言わせてもらうが、これはトヨタ・センチュリーが逆立ちしたって真似できることじゃない。今ドキのなんちゃって四駆で挑んでもまず間違いなく壊れていただろう。やっぱり、ジムニーは唯一無二の存在なのだ。

もちろん、ビギナーの皆さんにこんな無茶をして欲しいとは思っていない。そしてベテランの皆さんにも走るべき場所とマナーはキッチリ守って欲しいと思っている。レベルや楽しさはひとそれぞれ違っていて、それに応じて楽しめばいいだろう。クルマも同じ。ノーマルを楽しみながらレベルに応じてコツコツ改造するもよし、圧倒的に改造費が安くなる新車コンプリートカーから楽しむもよし。どちらだろうと、ジムニーは非日常の世界へ僕らをいざなってくれる。僕も十分にジムニーを知っていたつもりだったが、今回の旅でまたさらに好きになってしまった。

ジムニーと自動車文化と。その話題はまた次の機会へ持ち越そう。ただしこれだけはハッキリ言える。ジムニーは決して「無駄」な性能を持っているワケではない。人間は夢を食べながら生きる動物だ。その「夢」をどのクルマより身近に、そして鮮やかにカタチにして見せてくれるのだから。