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ウインチのセッティング

2017.04.20
TRAIL(トレイル)

4x4MAGAZINE Web教本シリーズ
ゼロから覚えるウインチ・テクニック
オフロードの”リーサルウェポン”をマスターせよ!

撮影/山岡和正 文・編集/河村 大 取材協力/トレイル

ウインチはマスター巻きに始まりマスター巻きに終わる

ウインチを扱う上でまず最初に覚えていただきたいのが「マスター巻き」だ。簡単に言えば「テンションをかけながらワイヤーをキレイに巻くこと」だが、この作業を怠るとウインチやワイヤーの寿命を縮めるばかりか、牽引中のトラブルの原因になる。オフロードの最終兵器なのに、本当に必要な時に役に立たない、なんてことになりかねないのだ。

ではなぜマスター巻きが大切なのか? それを語る前に、マスター巻きをするとワイヤーがどのような状態になるのか、それをビジュアルでご理解いただこう。


このようにワイヤーが互いに交わることなく、隙間無く美しく巻かれている状態。これがマスター巻きが正しく行われた結果だ。
ところが、ウインチ作業を繰り返すうちに、下の写真のようにあちこちでワイヤーが交差したり、左右の巻き量に偏りが出てしまったりする。


ワイヤーが巻かれている部分、これを「ウインチドラム」または「ドラム」と呼ぶが、ヘヴィーな牽引(けんいん)作業を行うと、このドラム内にどのような力がかかるかおわかりだろうか?
今回、使用したウインチはWARN(ウォーン)の「デュアルフォースHP」。最大牽引力は4.3トンに及ぶ代物だが、仮にこのジープの半分の重さ、850kgが引き出されたワイヤーにかかったとしよう。
この際、ワイヤーの巻かれたドラムが、もの凄い荷重で締め上げられることはお分かりだろう。ただし、ドラムと言えば、最も内側にある金属の丸い筒を想像しがちだが、現実の牽引作業ではドラム上に巻かれたワイヤーそのものに荷重が集中し、これを押し潰そうとする力が加わる。
特に牽引中のワイヤーが、ドラム内に巻かれ始めた最初の数巻きのワイヤーに、とてつもない力がかかる。この時、荷重のかかったワイヤーの下で、ワイヤーが交差していたりするとどうなるか。それを示したのが下の写真だ。交差していた部分が、荷重でツブれているのがわかるだろう。


ウインチが緊急時に利用されるものである以上、1度牽引する毎にキレイにまき直す時間がある、と考えるのはナンセンス。このくらいのツブれならある意味日常茶飯事と言っていい。
でも、このドラムをそのまま放置して、何度も何度も使い続けるとどうなるか。ワイヤーは耐えきれず”ヨリ”がほつれ、曲がってしまう。それが下の写真だ。曲がった部分は「キンク」と呼ばれ、正しい強度が得られなくなってしまう。


いかがだろう? ウインチはパワー溢れる道具だが、それ故に、誤った使い方を続けると、ワイヤーの寿命をどんどん縮めてしまうことが、おわかりいただけただろうか。でも、弊害はそれだけではない。雑に巻かれたドラムで作業を続けると、ワイヤーの「挟み込み」という、やっかいなトラブルに遭うことになる。
テンションのかかったワイヤーが、ドラム内に巻かれたワイヤーに沈み込み、食い込まれてしまった結果、ドラムをどちらに回しても「引く」ことしかできなくなる、という現象だ。こうなると、ワイヤーをそれ以上引き出すことは不可能。ウインチの使用はかなり限定的になる。そしてほとんどの場合、中で挟まれたワイヤーの損傷度も、かなり激しいものになってしまっている。
ついでにもうひとつ。片巻の問題もある。ウインチングは、真っ直ぐ前から引くのが理想的だが、オフロードでは右や左から、つまりワイヤーを斜めから引くことが圧倒的に多い。そうすると、ドラムの左右でワイヤーの巻き量に差が生まれ、片方だけドラム径が太くなり過ぎて「もう右前から巻けない」なんてことになってしまう。これも、ウインチの使用を限定的なものにしてしまう。


これらのトラブルを未然に防ぐには、使用前に、最もトラブルを起こしづらい状態に、セッティングしておくのが一番。予めワイヤーにテンションをかけながら、互いに交差しないようにキレイに巻いておけば、その日一日少々使い続けたところで、重大なトラブルには至らない…これが「マスター巻き」の考え方なのだ。毎度、使い終わったら、次回の出動前にマスター巻きをしておく。このクセがついていれば、こういったトラブルに遭うケースは、かなり低くなるはずだ。

新品購入時にもマスター巻きが必要
実はウインチを買った直後も、マスター巻きが必要だ。メーカー出荷状態は、あくまで製品として美しく見せているだけで、ワイヤーがキレイに巻かれているからといって、マスター巻きがしてあると、勘違いしないで欲しい。テンションはむしろ緩め。オーナーが入手する前に、余計な力をワイヤーに与えないようにしている、と考えて欲しい。この状態で、いきなり過大な荷重をかけるとどうなるか? もうお分かりだろう。ワイヤーは挟み込みを起こしてしまう。
ちなみに、スチールワイヤーは、初めて大きなテンションをかけた時に、ワイヤーが段階的に伸びるような振動とともに、ゴンゴンという特有の音を立てる。これこそ正に、製品出荷時にテンションをかけていない証拠なのだが、その際、音とともに、ウインチの牽引力が変化するような感覚を覚える。が、これは故障ではない。映像でも多少収録してあるが、スチールワイヤーが”なじむ”までは続くので、これも購入直後のマスター巻きで、実際の牽引前に経験しておいて欲しい事柄だ。

マスター巻きで大切な3つの約束ごと
ではマスター巻きは、どうやって行うのか? どうやれば上手くいくのか? ポイントはテンションにある。キレイに巻くことも大切だが、テンションさえかければ、自ずとキレイに巻けてしまうのだ。とにかく、以下の3点に注意して欲しい。

①最初の5巻きからキレイに隙間無く巻く
②ずっとテンションをかけながら巻く
③クルマの駆動力は使わず、ウインチだけで巻く
ではどこでどうやって行うか? テンションをかける以上、引っ張っても動かない対象物が必要だ。このワイヤーをかける対象物を、我々は船のいかりになぞらえて「アンカー」と呼んでいる。オフロードなら、丈夫な木をアンカーに取れば、マスター巻きはウインチ車1台でも出来るが、市街地なら電柱でいい、というワケには行かない。

電柱をアンカーに取る是非はその昔、オフローダーの間で話題になったが、結果は「公共の建造物を力をかけて引くべからず」という至極当たり前な結論に落ち着いている。ならば、ということで今回映像で提案したのが、クルマ2台によるマスター巻き。これなら、ある程度細長い場所があれば作業可能だろう。


ちなみに、非牽引車(アンカー車)も、四駆状態で四輪にブレーキをかけられる四駆であればベスト。FFのクルマであれば、パーキングモードやバックギアで前輪を、サイドブレーキで後輪をしっかり固定してから作業して欲しい。
それから、上り勾配ならウインチ車を下側に。もちろんテンションがかかりやすいようにするためだが、平地なら、ウインチ車のサイドブレーキを引いてみるといい。適度にブレーキをかけることができれば、フットブレーキより、安定したテンションをかけ続けることができる。ただし、ワイヤーがたるみ気味なのは論外だが、アンカー車を引きずり動かしてしまうほど、強いテンションは必要ない。サイドブレーキの引き具合を、上手く調整して感触を掴んで欲しい。

ここから先、具体的な作業は映像をご参考に
なお、電動ウインチには、ドラムとモーターの間にクラッチがあり、このクラッチを「フリー」にすることで、ワイヤーを手で引き出すことができるが、この辺りの操作は、使用ウインチの取り扱い説明書を見て欲しい。テンションをかけて巻く際には、もちろんクラッチを「ロック」するが、ひとつ注意して欲しいのは、テンションがかかった状態でクラッチレバーの操作を行わないこと。


映像にもあるように、最後にアンカー車からフックを外す際に、ワイヤーのテンションを緩めているが、この時はリモコンのスイッチを短くチョンと押し、モーターの力で、ワイヤーを軽く「引き出し」てやればいい。
実はこのリモコン”チョイ押し”操作は、いろんな場面で役に立つ。チョン・チョン・チョンとスイッチを押す回数で、ワイヤーの引く距離を微調整する方法だが、一気に巻き取りながらタイミングを見計らうより、ずっと実用的で安全なのだ。細かいテクニックだが、ぜひ覚えておいて欲しい。
また、間違ってもドラムにワイヤーを5巻きする前に、テンションをかけないこと。大元でワイヤーを停めているナットは小さく、僅かなテンションにも耐えられないので、いきなり壊してしまう可能性が高い。こんな華奢なパーツでも、壊してしまえばウインチングが出来なくなってしまうのだ。慎重にやるなら、ドラムに5巻きをセッティングした状態で、ウインチのクラッチをロックし、ウインチ車をバックさせて、テンションを張ると失敗しないだろう。


安全には特に気を遣って欲しい
平地で作業が安定するだけに、比較的危険の少ないマスター巻きだが、作業に当たっては以下のふたつに気をつけて欲しい。

①テンションのかかったワイヤーは跨(また)がない
②フェアリードの近くでワイヤーを直に持って巻き取り作業をしない

。フェアリードとは、ウインチドラムの手前にあるワイヤーのガイドのこと。クルマのヘッドライトを目とするなら「口」のように見える部分を指しているのだが、この付近でのワイヤーの扱いについては、トレイルでは特に厳しく注意を呼びかけている。

ワイヤーのほつれにグローブをひっかけられ、あっという間にフェアリードに噛み込まれて指を失ってしまった、そんなトラブルが過去にはあったのだろう。今では、フックの先に目立つように、赤いストラップが必ず着けられている。これは、「フェアリード付近ではワイヤーを掴まず、このストラップを握りなさいよ」という意味。実はウォーン純正のウインチ用グローブには、ワイヤーへの引っかかり対策まで施されているのだが、それはまた「第四話:そろえておきたい牽引道具」でご紹介しよう。

いずれにせよ、ウインチの作業はワイヤーを持つ人が、必ずイニシアチブをとるようにして欲しい。万一ワイヤーが指や腕、体に絡まった場合、とっさにコミュニケーションを取れない人がリモコンを握っていては、手遅れになる可能性があるのだ。完全を期すなら、ワイヤーを持つ本人が、リモコンを操作するのがベスト。映像で、ひとりでマスター巻きを行っているのには、それなりのワケがあるのだ。


実は私も、ウインチの事故で、腕に一生消えない傷を負ってしまった人を知っている。幸い、手の機能には問題はなく、回復した今では笑い話になっているが、ひとつタイミングを間違えば、更に大きな事故になっていたはず。怖い話だが、ウインチは凶器にもなることを熟知した上で、扱って欲しいのだ。そうすれば、これほど頼りになる相棒は他にいない。オフローディングにはもちろん、災害時にもその威力を発揮してくれるだろう。

■WARNウインチの問い合わせ:トレイル http://www.trail.co.jp/